原作のおもしろさをアニメで伝えたい。


八鍬監督と大杉チーフ・ディレクター。
おふたりの『ドラえもん』に対する思い、そしてアニメをつくっていく上で大切にしていることを伺いました。

——『ドラえもん』を担当されることが決まった時、どんな気持ちでしたか?

大杉 私はまんが家志望だったんです。藤子・F・不二雄作品には、子供の頃から慣れ親しんでいたので、『ドラえもん』を担当することになったときには、「あの、ドラえもんだ!」と、ほんとうにうれしかった。

八鍬 私は、子どもの頃にみていたアニメの『ドラえもん』が原体験なんです。会社に入ってまもなく『ドラえもん』に関わることになったので、うれしかったのはもちろんですが、覚えないといけないことばかりで、毎日が驚きの連続でした。

大杉 『ドラえもん』をやることになって、あらためて原作を読み返したのですが、やっぱり原作はおもしろい!

八鍬 原作のおもしろさをアニメで伝えたい。それが、今回のパワーアップの目的のひとつでもあるんですよね。

大杉 でも、原作が描かれた時代と今では、社会背景がちがうでしょう。いじめの問題なども関わってくるので、ジャイアンとのび太の関係など、原作のおもしろさをそのまま表現するのはなかなか難しいところもあります。

八鍬 ジャイアンは理由なくのび太を殴るでしょう。でも、殴ったからには、ジャイアンにもちゃんと罰が当たる。

大杉 本来、ジャイアンは、たんなる乱暴なガキ大将。でも、それぞれにいいところと悪いところがあるから、みんなずっと遊びなかまでいられるんです。

 みんないい作品をつくろうと、
ギリギリまでねばっているからね。

——実際に『ドラえもん』に関わり始めてから、印象深いエピソードがあったら教えてください。

八鍬 映画が好きだという気持ちだけで、この業界に飛び込んだので、最初は右も左もわからず、大変な失敗をしでかしたことがあります。

——新人時代は進行管理などを主に務める制作として仕事をされていたんですよね。

八鍬 アニメーションは、シナリオ、コンテ、作画、アニメーション制作など、多くの職種の人々のチームワークによって作られているから、どこかで締め切りが遅れると全部のスケジュールが押してしまうでしょう。

——テレビの場合は毎週放送日が決まっていますから、スケジュール管理は重要ですよね。

八鍬 でも、締め切りを守ってくれないことも多いんです。ぼくがまだ新人だった頃、どんな都合があろうと全員にきっちりスケジュールを守ってもらおうと、スタッフに厳しくあたったことがあったんです。

大杉 みんないい作品をつくろうと、ギリギリまでねばっているからね。

八鍬 そうなんです。でも、スケジュールを守らなかったあるスタジオのアニメーターの方に、高圧的に接したんですね。

大杉 いまの温厚な八鍬さんからは、想像できない(笑)。

八鍬 その方に、「あなたはこの業界入って何年目ですか」と聞かれました。2年目ですと答えたら、「あ、そう」といった感じでその場は終わったんです。今思うと、「アニメのことを何もわかっていないやつだ」と思ったでしょうね。

——八鍬監督のやる気が空回りしたんですね。

八鍬 そして、その作品のラッシュ(動画状態の試写)を観た監督が、そのスタジオの方が描いたところをすごくほめたんです。

大杉 それは…。

八鍬 次の作品の時に、監督から、このスタジオはいい仕事をするから押さえておいてくれと頼まれたのですが…。もう、あなたの仕事はやりませんと、はっきり言われました。

大杉 ショックだったでしょう。

八鍬 はい。それ以来、私はスケジュールを守るだけでは良い作品はできないということを学びました。人の心を打つにはそれだけの代償を支払う必要があるのだと。いまは作品に関わってくれているすべての人に対して、感謝の気持ちを持っています。

 演出とはこういう仕事なんだなと感じました。

——八鍬さんは、制作から、演出、そして監督への道を歩んだわけですが、その過程で影響を受けたひとはいますか?

八鍬 大杉さんはじめ、先輩たちすべてに影響を受けました。新人時代に、初めてこれが演出なんだと教えてくれたのは『のび太の恐竜 2006』の演出を担当された宮下新平さんですね。

大杉 その頃は、もう演出助手になっていたんだっけ?

八鍬 まだ制作進行のド新人の時代です。のび太が咳をしながら歩くシーンがあったのですが、作画の段階で宮下さんから「のび太が風邪をひく伏線になっているシーンだから、歩幅をせまくしてください」という修正が入ったんです。

大杉 歩幅や手の動きひとつで、ずいぶん印象が変わるからね。

八鍬 映像になったものを観た時に、のび太はほんとうに具合が悪そうに歩いている。演出とはこういう仕事なんだなと感じました。

大杉 厳しさの中にやさしい眼差しを持った方でした。

八鍬 のび太の部屋の描写について、藤子・F・不二雄先生が藤子プロのスタッフの方に書かれたメモがあるでしょう。

大杉 のび太の部屋の表現について、すごく丁寧に指示を出しているメモだね。

八鍬 まんがとアニメ表現方法は違っても、先生の表現に対するやさしくて厳しい眼差しが、いまでも私の指針になっています。

第5回は、8月25日(金)AM10:00ごろ公開予定です。

※今週放送の「ロビンソンクルーソーセット」のおはなしは、「ドラえもん サマースペシャル」と、てんとう虫コミックス『ドラえもん』39巻に収録されています。

「ロビンソンクルーソーセット」の詳しい放送内容はこちら