「これはドラえもんの映画で使えるぞ」

完成した映画をご覧になっていかがでしたか?

試写会では、オープニングから涙が出て(笑)。のび太の「ドラえも~ん!」というセリフからオープニングに入るお約束の流れって、「映画ドラえもん」を観にきた醍醐味のひとつだと思うんです。「ああ、今年も新しいドラえもんたちの冒険が始まるぞ」と、見ている人のテンションがそこでまずグッと上がる。今回は『のび太の月面探査記』のタイトルが出た瞬間に「あ!私がつけたタイトルの映画が本当に形になったんだ」と胸がいっぱいになりました。

オープニングはお客さんにワクワクしてもらいたくて、絵コンテにも力を入れました。本編には入りきらなかった月や異説に関するネタを全部つめこんだんです。ルカやエスパルたちをオープニングで先に登場させたのは、2回目を見たときエスパルたちのこまかな動きに気づいてもらえたら楽しいかなと。

本編で印象的だったのは、八鍬さんが脚本をふくらませてくれた月面レースの場面。脚本ではのび太とルカがただただカートを走らせながら会話をしていたのが、映画ではバッテリー交換をしながらの会話にアレンジされていて…。

のび太がルカを励ますいいセリフのやりとりが脚本にあったので、それを絵の動きでさらに印象づけたかったんですね。 スタッフからも、ただドライブしているだけでなく、ほかの方法で二人を強く結びつける場面にしたほうがいいんじゃないかと提案があり、それに対して考えたシーンです。

のび太とルカのとる行動が、二人の関係を象徴するような場面にしようと考えました。そこで、故障したカートがルカの象徴で、それをのび太が修理するというアイデアが浮かんだんです。のび太をカートの下にもぐらせることで、二人が直接顔を見て話すよりもセリフが効果的に聞こえる。そしてルカもカートの下にもぐることで、二人の体がくっつきますよね。その流れも重要だったりします。

映画のラストでルカがエスパルの能力を捨てますが、その決断を肯定的なものとして描きたかったんですね。超能力を持たないのび太たちのアナログなやり方に触れたことで、人間の力・人間の可能性を信じるようになり、ルカはエスパルの能力を捨てる決意をします。その前振りとして、バッテリー交換のシーンが必要だったんです。

小説版にはそのあたりを表現するために、ラスト近くでルカとのび太たちが地球でかけっこをするシーンがあるんです。映画より先に小説を読んだ人たちから、「あのシーンがなくて残念だった」と言われることもあるのですが、どうしても尺の関係で映画では入れられなかった。だけど、その代わりに八鍬さんが用意してくださったのが、こののび太とルカの語らいの演出なんですよね。絵コンテで見た時に、ああ、私がやりたかったことをここで全部ちゃんと表現してくれた、と嬉しくなりました。八鍬さんやスタッフの皆さんの、いい映画にしようという気持ちが伝わってきました。

他にも、ルカたちを助けるために家を出て行く場面で、のび太がパーカーを羽織るところもすごい。服が変わると絵を動かすための作業が増えるのは明らかなのに、このお話に一番合う形を選んでくれた。季節が秋だということをすごく大事にしてくれていて、のび太たちの生活感に奥行きが感じられる。本当にうれしかったです。

のび太たちが家を出ていく場面も、こだわったシーンですね。今回の冒険で、のび太たちの心がいちばん動く瞬間はいつだろうと考えたんです。それは彼ら自身が命をかける瞬間、つまり安全な地球を離れるときじゃないかなと考え、一人ひとりの決意を丁寧に描きました。

のび太たちの表情、いいですね。ちょっと肌寒い秋の夜だからなおのことグッとくる。

そうした彼らの決意をお客さんに感じてもらいたいという意味もあって、気球で月に向かうことにしたんです。ロケットを使って一瞬で到着するのではなく、ゆっくりとしたスピードで徐々に地球を離れていくんですね。そこには空を飛ぶことの高揚感がある一方で、恐怖も入り交じっている。その感覚を表現したかった。

八鍬さん、気球に乗ったことがあるんですよね?

「新・日本誕生」を作ったあとに、冬の北海道で乗りました。快晴の日で、周りは一面の雪景色。だんだん上がっていくときのワクワクした気持ちと、操作のアナログ感が印象的でしたね。「これはいつかドラえもんの映画で使えるぞ」と。その後、今回の映画を作ることになって資料を調べていたら、大昔の小説に月と気球が描かれている挿絵を見つけたんです。そこから着想を得て、あのシーンにつながっていきました。

あと、八鍬さんがこだわったのはエスパーぼうしのシーンもそうですよね(笑)。

作っているときはうけるかどうかわからなかったけど、試写会では大いにうけてくれてうれしかったです。

うちの息子も大喜びしていました。夜寝る前にあの場面ののび太の真似をしてあげると「おもしろすぎて寝られないよ!」ってゲラゲラ笑っています。でも、笑いの場面は本当に難しい。ねらって作ったのに思ったほどうけない場面もあれば、こちらが意図していない場面で笑いがおこる場面もたくさんあって。キャラクターの、ふとした表情や動きの間合いなんでしょうね。アニメーターの皆さんの底力を思い知りました。

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