「まるで、ひみつ道具みたい」

脚本ができあがると、いよいよ本格的にアニメ制作が始まります。まずは、何から手をつけたのですか?

ゲストキャラクターのイメージボード(スタッフとイメージを共有するためのスケッチ画)を描き始めました。最初に描いたのはルカでしたね。実は辻村さんとお話を作っているとき、ルカがどんな姿をしているのかは二人とも具体的なイメージを持っていなかったんです。

一度だけ八鍬さんが「こんな感じですかね?」って、野球帽をかぶった少年のスケッチを描いてくれましたよね。ほんとにそれくらいしかない状態で、この子は普段から帽子をかぶっているんだろうなっていうくらいの、ぼんやりとしたイメージでお話を作っていました。

イメージボードをもとに、今度はキャラクター設定を担当するスタッフがイメージイラストを描いてくれるんです。僕の描いたルカは長髪でしたが、短髪にするなどいくつかのパターンを提案してくれました。どれがよいかを検討し、何度か修正を加えながら、各キャラクターの設定を決め込んでいきました。

ルカのラフイメージ画(一部)

絵作りに関しては八鍬さんとスタッフの皆さんにおまかせしていたので、できあがってくる絵を見るのが楽しみでした。脚本ってまるで、ひみつ道具みたいだと思ったんですよ。「ミステリアスな月」って書いたら、ミステリアスな月の絵が仕上がってくる。そのすごさをいちばん感じたのは、11人のエスパルたちの姿を見たときでした。「すごい! ルカ、ルナ、アル以外は名前も決めていなかったのに、ちゃんとそれぞれ個性がある!」って。

エスパルたちのキャラクター設定画

演出担当のスタッフが、一人ひとりの名前や個性をはじめ、エスパルたちが月のコロニーでどのように暮らしているのかなど、こまかな設定を作り込んでくれたんです。

のび太たち子供の想像力で作ったウサギ王国とは違い、エスパルたちの暮らしはずっと続いてきたものとしてリアルに見せる必要があるからですよね。学校の教室からカグヤ星にいたるまで、ほかの場面もすべて詳細な設定を作っていただいたおかげで、どのシーンを見てもすぐに映画の世界に没入できる仕上がりになっていると感動しました。

今回のようにF先生の原作まんがのないオリジナル作品では、設定を作り込むのに3倍くらいの労力がかかるんです。そうした設定ができあがって、いよいよ映画の設計図となる絵コンテを描き始めるんですね。

いちばん八鍬さんの力が試されるお仕事だと思うんですけど、絵コンテを描いているときってどんな感じでした?

絵コンテは……、そうですね……、孤独な作業でしたね(笑)。たとえばある場面で、カメラポジションを自分の中で何度も検討し、ベストだと思うアイデアでコンテを描くとするでしょう。それをスタッフに見てもらうと「これじゃあわかりづらい」と厳しい突っ込みが入るんです。自分でこれがベストだと思って描いたものを修正する作業が、とにかく苦痛で(笑)。

それは……、私も思い当たることが。 八鍬さんたちが映画を作っているとき、私は脚本をもとに小説版を書き下ろしていました。小説には絵がないので、その場の状況やキャラクターの動きをすべて言葉で表現しないといけない。そうやって書いたものを編集者に見てもらうと、やっぱり「これじゃあわかりづらい」と突っ込みが入るんです。

でも、客観的に見てくれた人のアドバイスってだいたい当たっているんですよね。いろいろな人からいろいろ言われるなかで、これは確実に映画をよくする意見だなっていうのは、わりとすぐに判断できるんですよ。だからいいと思うアイデアはどんどん採用していきました。

そうですね。編集者も客観的な立場で読んでくれるから、作者の私が気づかなかった視点で意見を言ってくれるんですよね。小説にはディアボロ目線で描写した部分があるんですが、そこは「ディアボロがどうして皆を支配するに至ったのかが気になります」という編集者の意見をきっかけに書いたんです。信頼できる第三者の目が、作品をどんどんブラッシュアップしていってくれました。

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