「小説家って、なんて気楽な職業なんだろう」

いよいよ物語が動きはじめて、そこからはスムーズでしたか?

辻村さんの才能は、散らばっているパーツを一瞬で組み立てられるところ。うまく話がつながらない部分を検討しているとき、僕が「こうなるといいですけどね」とふと口にすると、辻村さんが「これとこれをつなげて、こうすればうまく運びますよ」って。その驚異的な構成力に驚かされる場面が何度もありました。

ええっ!そんなふうに思ってくださっていたんですか?自分では自覚がないですけど(笑)。私が勉強になったのは、八鍬さんがこの1作単体ではなく、シリーズ全体を通して見ていることでした。昨年はこうだった、一昨年はこうだったから、違う見せ方をしたいとか。月は初めて行くけれど、地球との重力の違いを見せる描き方は「のび太の宇宙開拓史」でもやっていることだから絶対にやらないとか。ずっと続いてきた映画の、39分の1だということを、すごく大事に守ってくれている。
だから同じパターンのアイデアは使わないし、どの作品から見てもそれが「最初のドラえもん映画との出会い」で大丈夫ということを子どもたちに約束してくれているんだなって。

でもその縛りは、実際に脚本を書く辻村さんにかかってくるんですけどね(笑)。辻村さんとのシナリオ検討作業では、僕はおもに質問をする役割でしたから。「どうしてそこはそうなるんですか?」「どうしてそのキャラはそう考えるんですか?」と。すると、次の打ち合わせまでに辻村さんがその答えを用意してきてくれる。

まるで編集者のようでしたが、八鍬さんは編集者よりも厳しかったかも。脚本を直しているときに、「一人で好きに書いていられる小説家って、なんて気楽な職業なんだろう」と何度も思いました(笑)。

意見がぶつかることも多かったですしね。

いちばんモメたのは、のび太たちをカグヤ星に行かせるかどうかの選択。私は行かせたくなかった。でも八鍬さんは、絶対行ったほうがいいって。私は、せっかく月を舞台にしているんだから、月だけでお話を完結させたかった。

けれど、ドラマとして、1本の映画として考えたとき、もう一段階新しい世界に行かなきゃ駄目だというのが僕の意見でした。

相当モメた末に、私が「じゃあカグヤ星に行く話を最後まで書きますけど、その場合私の名前を出さなくていいです」って言ったら、同席していた皆さんが「ちょっと、それは…!」って顔をされて。でも、八鍬さんはまったく動じなかった。「わかりますよ。これは作家性にかかわる問題ですから。いま僕たちは、そういう話をしているんですよね」って。「ああ、この人は本気だ。この人が、私が見込んだ監督なんだ」って思えて。

その後、辻村さんにも納得していただき、カグヤ星に行くことで落ち着いたじゃないですか。動じていないように見えていたかもしれませんが、そのときは心底ホッとしたんです(笑)。なにしろスケジュールを犠牲にすることはできない。これまで積み上げてきたアイデアをやめにして新たに脚本を作り直すと、絵コンテ以降のすべての作業が遅れてしまうので。

お互いにリスペクトしていますというところから始まりましたが、いざ作り始めて意見が衝突したとき、初めて作家性みたいなものが見えてきたんですよね。八鍬さんが本気でぶつかってきてくれたとき、「ああ、この人はこういうクリエーターなんだ」ということがようやくわかってきて。そこからはただのファンとしてではなく、共同でものづくりをする仕事相手だと思えるようになったんです。

お互い本気で作っていたら衝突しないわけがない、と経験上わかっていたので。いつかは衝突するんじゃないかと思っていました。逆に衝突がないまま、最後までお互いに「いいんじゃないですか~」みたいに進んでいたら、きっとろくなものにならなかったでしょうね。

結局シノプシスは8稿、脚本は4稿まで書き直しました。最終稿をメールで送ったら、八鍬さんから「とてもいい脚本だと思います。この脚本をいただいた以上は全力でがんばります。これまでの最高傑作にします」というお返事をいただき、かっこいいなって思いました。

いい脚本が上がったということは、もう監督として言い訳ができないということ。映画の仕上がりについて誰かに何かを言われても、「そもそもシナリオがよくなかったから、こうなっちゃったんだよ」と逃げられないですからね。だから最終稿を受け取ってからは、今度はこちらががんばらなければとプレッシャーを感じていました。

第3回は、3月8日(金)AM10:00頃公開予定です。

スペシャル対談/辻村深月さん×八鍬新之介さん TOPページへ