「正直、月を舞台にするのは難しい」

今作の舞台や設定について、お話をお願いします

映画のシナリオを検討するにあたって、最初に辻村さんの挙げたキーワードが、「転校生」「超能力」、そして「月」でしたね。正直、月を舞台にするのは難しいと思っていたんです。実際に存在するものだから、子どもに対して嘘がつけない。F先生が月を舞台に大長編を描かれなかったのも、やっぱりそれが理由だと思うんですよ。

最初に八鍬さんから、「辻村さんの考える月世界はハードSFですか、それともファンタジーSFですか?」って問い掛けられたとき、「さすが私の選んだ監督だ!」と思いました(笑)。ファンタジーSFは、科学的な理屈が通じなくても見た目から子どもたちに楽しんでもらえる世界観ですね。その一方で、月はこういう環境だから必然的に住居はこうなるはず…とサイエンスを重視した作りのハードSFもある。その両方からアプローチできる感覚を持った人なんだと、すごく安心できたんです。この先、私が何か外しそうになっても、この監督ならきっと軌道を修正してくれるだろうなと。

辻村さんの頭の中にある物語を、映画としておもしろくするのが自分の仕事だと思っていましたから。

でも「辻村さんの好きにしていいよ」と言われても、最初は何も思い浮かばなかったんですよ。だって、F先生があらゆる設定を描き尽くしていて、もうペンペン草も生えていない状態なんですから(笑)。だから私は私で、こんなことをやりたいっていうアイデアを八鍬さんが出してくれたら、自分の思いや作家性はどうあれ、ライターに徹するつもりで脚本に仕上げようと考えていたんです。きちんと構成し直して1本のストーリーに書き上げることが自分の仕事だと。

お互いに譲り合っている(笑)。

でも、よくよく考えると、それって責任転嫁だなと。いざとなったら「私が考えたお話じゃありません」って逃げられるように仕向けていたんですね。やっぱり最初は、ドラえもんの新作を書くっていうことに相当おびえていたんだと思います。舞台が月に決まっても、なかなか物語が動き出さなくて…。そんなとき八鍬さんが「異説クラブメンバーズバッジ」を提案してくれて、光が見えたんです。

空気のない過酷な環境の月を、違う環境に変えてくれる道具はないかと探していたんです。そうしたら「異説クラブメンバーズバッジ」があった(てんとう虫コミックス23巻)。原作では地底世界を描いていますが、月の裏文明説も出てくる。うまくアレンジできるかどうかはわからなかったけど、とりあえず提案してみようと。

てんとう虫コミックス ドラえもん 23巻「異説クラブメンバーズバッジ」

日常から非日常へ、そしてまた日常へ戻るというのが「映画ドラえもん」のセオリーなんですね。そこは絶対に守るべきだと考えていたんです。日常から非日常へ行くきっかけは、原作まんがに出てくるひみつ道具でどうにかしたいと伝えていたら、八鍬さんからバッジの話が出てきて。それを聞いた瞬間「できる!」って思えたんです。そこからようやく話が転がり始めました。

ずっと以前から、この道具は劇場映画でも使えそうだねって、会社で話していたんです。でも、どうやってふくらませたらいいんだろうなと。

原作に描かれていた地底でのエピソードを月に置き換えたら、冒頭から物語が滑り出してくれました。これはいいぞと思って書き始めたんですけど、地底と月では様子が違っていて。「月の世界ではどこまで道具の効力がおよぶのか?」とか、「ドームで囲えばよいのでは?」とか、一つ一つ設定を決め込むのに苦労して。原作では地底への入口を一つだけにすることで、とにかく設定にモレがない。こんなに矛盾のないお話を、私たちのように延々と議論するわけでもなく、毎月の連載の1編として生み出していたなんて、やっぱりF先生はすごい人だったとあらためて感じました。

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