「まるでF先生が描いたみたい!」

そんなお二人が、一緒に作品作りに取り組んでみて、いかがでしたか?

ちょっと、長めに語っていいですか?

どうぞどうぞ(笑)

クリエイターの中には、「自分たちで過去のものを超えよう」という観点でもの作りを始める人もいますよね。それも決して間違いではないし、正しい。けれど『ドラえもん』の新作を書く上では、F先生の原作には絶対に勝てないことを認めながらも、原作にどれくらい近づけるのか、そしていまの子どもたちにそのおもしろさを、変わらないまま新しくどう届けるのかが大事だと思うんです。この『変わらないままに新しく』っていうのが相当難しいのですが。

八鍬さんの「新・大魔境」と「新・日本誕生」を観た時に、そこを大事にしている監督さんだと思ったんです。私たちが子どもの頃に観た作品を単純になぞるのではなく、今の子どもたちに伝えるため、どういうふうに見せていくのかがすごく考えられている。原作に対するリスペクトを忘れることなく、現代のアニメーションの空気にもなじませることを両立できている素晴らしい作品だと思いました。

たとえば「新・日本誕生」で、ギガゾンビを石やりで倒すくだり。あそこは原作にないエピソードですが、まったく新しい道具を登場させて倒すのではなく、きちんと原作で描かれている石やりを伏線として使っている。それを観た私は、すぐに座席を立てないくらい感動して……。「まるでF先生が描いたみたい!」と思ったんです。もっと言えば「F先生が描こうとしていたけど編集か何かの都合で切ったエピソードを、この映画で復活させたみたいだ」と。

「映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生」(2016)

こんなふうな、原作を伏線にしながら新しい部分を生み出すという仕事は、「原作には圧倒的にかなわない」というリスペクトの気持ちがある人にしか絶対にできないと思うんです。「原作以上におもしろい作品にしましょうよ」という思いからは絶対に生まれない。そうした誠実な姿勢で作るから、観ている人の「F先生ならこうしたのかもしれない」という思いに届くのかなと感じたんです。

私にとって八鍬監督作品の好きなところって、なんかそういうところ。行間ならぬ、漫画のコマとコマの『コマ間』を埋める演出をされる監督さんだと思っています。すいません、熱くて(笑)

ありがとうございます。『ドラえもん』っていう作品に対するリスペクトはもちろんあるんですけど、自分の中で「映画ドラえもん」のシリーズは「おもしろい映画」っていう感覚なんです。たとえばスピルバーグ作品と同じで、名作の一つというとらえかたですね。いままで自分が見てきたおもしろい映画の監督だったら、きっとこうするだろうなという感覚で作っているというか。

もちろん「F先生だったらこうするのかな」と考えることもありますけど、「映画をおもしろくするためにはここまでやらなきゃな」「逆に、ここは削っても通じるな」とか、そんなふうに考えながら作ってきました。「映画ドラえもん」とかアニメとかそういうくくりではなく、「あれはおもしろい映画だったね」と、観てくれた人の一生の思い出になるような作品を作りたいという思いです。

あらためて「大長編ドラえもん」を読み返すと、F先生がいろいろな映画を楽しんで観ていたことがよくわかりますよね。八鍬さんが思う、「映画ドラえもん」のエンターテイメントとしてのおもしろさっていうのは、F先生がいろいろな作品を観て、咀嚼した上でできあがったものだったんでしょうね。八鍬さんが面白い映画を追求した結果、原作の表現に戻ってきたのだとしたら、やっぱり『ドラえもん』ってすごいな、と思います。

第2回は、2月22日(金)AM10:00頃公開予定です。

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