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●ひらやま たかし
「コロコロコミック」
第3代(1987〜1991)編集長
小学館「学年誌」「コロコロコミック」「ビッグコミック」などで藤子先生の担当をつとめる。現在は小学館児童・学習編集局執行役員。

●くろかわ かずひこ
「コロコロコミック」
第4代(1991〜1994)編集長
小学館「小学三年生」ではじめて藤子先生の担当に。現在は小学館児童・学習編集局プロデューサー。新しい児童向け雑誌を企画中。


2003.06.27更新
今回はみんなも読んでる「コロコロコミック」の歴代編集長たちが、
藤子・F・不二雄先生の意外な素顔や楽しいエピソードを
たくさん語ってくれたぞ!


平山 どんな方だったかと、一言ではなかなか言えませんが、僕から見ると“永遠のキッズマインド”をもった方でしたね。純粋な子ども心をずーっと持ち続けていた方じゃないですか。

例えば、ユーモラスないたずら好きな面。映画「のび太の恐竜」の原作を描くために、帝国ホテルに自ら進んで“缶詰”になったんです。「一度ね、“缶詰”っていうのを体験してみたい」って言って(笑) その時僕が「こんにちは」って部屋に入っていくと先生は、一人で描いてるんだけど、いきなり僕に手元にあった岩石を「ホイッ」て投げてきたのね(笑) で、「わっ!」てびっくりしてよけたら、それは、スポンジの軽いオモチャだったの。

それから、これは先生から聞いたんだけど、4月1日のエイプリルフールの日の朝刊をきれ〜いにとっておいて、次の年の4月1日に、こっそり、その日の新聞と入れ替えておく(笑) そうしたら、先生のお母さんが、朝いつも新聞を読むらしいんだけど、パッと1年前の新聞を広げて、じっくり読んで、何もなかったように畳んで、ちょんとおいて出ていったそうです。先生は横で隠れてずっと見てたんだけど「どっちが上手なんだろうな?」って(笑) お母さんは、分かってたのか、分かってないのか、分からないけど(笑) そんな話を聞いたことがあります。イタズラを1年がかりでやろうって考える。先生らしいですよね。

まあ、本当の子ども心というのは、ただイタズラ好きだということではなく、空想力を持ち続けるとか、夢を描き続けられるとか、そういうことなんだと思います。そういう意味でも子ども心をそのままに、漫画のエピソードの中に散りばめていらっしゃいましたね。



黒川 藤子先生は私にとって、仕事の上でも人生の面でもすばらしい「師匠」でした。何が幸せって、小学館に入社して学年誌に配属されて、なおかつ藤子先生を担当しなさい、つまり、ドラえもんを担当しなさいっていわれたんです。しかも翌年はテレビ化も決まっていて大忙しです。新入社員のときからずっと「ドラえもん」とともに仕事ができ、「ドラえもん」の仕事を通していろいろな編集のノウハウも構築していけました。

「コロコロ」に異動する前、5年間「小学三年生」という雑誌で毎月“ドラえもんと何かをやってるぜ”みたいなポジションにいました。当然、毎月何回か先生とも打合せする機会があるんですが、こちらは新人だから、先生を前にして、なかなか対等に口をきけないじゃないですか(笑) う〜んって話題に詰まるし、最初はもう汗タラタラの毎日。

そういう中で、自分で決めたのは、何かこう、もっと積極的にお手伝いできることはないかな、と思って、原稿依頼時にひみつ道具のアイディアを毎回最低3本書いていくことにしたんですよ(笑) そして先生に見ていただき、あれやこれや批評してもらうところから打合せを始めることにしてたんです。先生はそうするとひとつひとつていねいに「これはもう一回使ってる」とか、「これはおもしろそう」とか、○、△、×をつけてくださるんです。実際、こちらが考えたままのタイトルで作品に採用していただいて感激したこともあるし…。ただ、それを面白く漫画作品として展開していくのは別次元の話。あくまでも、「こんな道具どうですか?」みたいなレベルでした。


そういうのが高じて、読者のアイディアもどんどんいただこうと「ひみつ道具アイディアコンテスト」という企画で募集したりしました。その当時は、私も若かったんでしょうね、コンテストで募集したアイディアを、おそれを知らず先生に「マンガに描いてください」ってお願いしたりして(笑) でも、先生が自ら選考していただいて、それを見開きマンガに3本描いてくださったんですよ。当然連載マンガもあるわけだから、この月はドラえもん新作4本立てです(笑)

そういえば、「百苦タイマー」って話があるんですが、その時「小学三年生」での連載がちょうど100回目だったんですよ。副編集長が気がついて、「百回記念に何かやりましょう」ということで、先生に「百回目らしいですよ」ってご相談したら、ドラえもんがひみつ道具の100か月点検をするっていう話になっていました(笑) 出てくるひみつ道具も「百苦タイマー」。先生はほんとなんでも楽しんでやられてました。遊び心も100点満点でしたね。
(てんとう虫コミックス18巻収録)



平山 藤本(藤子・F・不二雄)先生のアイディアだったんだけど、「コロコロ」の巻頭グラフで「実物のひみつ道具作ってみましょうか?」って先生が言い出して…。

本当に「ひみつ道具」はあった! ということで。
それで、原寸大の“どこでもドア”をつくったんです。それから“タイムマシン”も。東映の小道具等を作っている美術センターみたいなところに発注して作ってもらった。漫画の絵とそっくりに、ちゃんと座るところもあって、先生にそれに乗ってもらって写真を撮りました。
“どこでもドア”は、街なかにすっと置いて、子どもがドアを開けてる写真を撮って、開けた先に牧場の写真を合成でいれて、ドアの向こうは別世界(笑)

それから、“タイムふろしき”。これは風呂敷をちゃんとデザイン通りに染めて、ひげモジャの方倉陽二さん(「ドラえもん百科」の漫画家)にかぶせた。それで、パッと取ったら、赤ちゃんになっている(笑) ほかに“コンピューターペンシル”や、“タケコプター”も作りました。

その後、コロコロコミック編集部が別のビルに移った時に、入り口にこの“どこでもドア”をおいておきました(笑) 編集者は毎日どこでもドアを開けて編集部に入っていくことになりました。

黒川 私は、「これがほんものドラえもん」っていう特集を無理矢理やらせてもらいました(笑) ドラえもんの誕生秘話として有名な、先生の長女の人形おもちゃ「ポロンちゃん」と、仕事場の近くにいたのらねこが合体してドラえもんのイメージが生まれたという話をビジュアル化したくて。これは実際に雑誌に載せたんですが、先生が「この猫だよ」っていう、写真をだしたんです。それ実は、猫の写真を板に貼って、切り抜いて、それ持って笑っている写真を撮らせていただいたんですけどね(笑) まさにこういう猫だった!みたいな。

それから、のび太の家がある町として練馬区月見台すすきが原って漫画に出てくるじゃないですか。そういう場所を、練馬区の東長崎とか、あの辺をうろうろして探しに行きましたよ。ちょうどいい広場やおうちがあったんで…。「ドラえもんの町を発見!」って記事にしちゃいました。実際、先生が東京で執筆活動をされていた伝説の「トキワ荘」もこの近くにあったんです。


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